東京デートシティ

ディズニーランドを遊び尽くした僕が、TDRやデートスポットについて書くブログ

FIGHTERS THE MOVIEがファンにとって最高のドキュメンタリーであった

「FIGHTERS THE MOVIE〜Challenge with Dream〜」を見てきました。


この映画は北海道日本ハムファイターズの誕生15周年を記念したドキュメンタリー映画である。


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2週間限定上映で北海道以外の地域だとあまりやっていないこともあり、先日やっと見に行くことができました。


予告も見てなかったけど、率直な感想としてめっちゃ面白かった!!


最近のファイターズってイケメン選手が多く女子ウケを前面に出してくるかと懸念していたのですが、全くそんなことなく素晴らしいドキュメンタリーでした。

東京から北海道への移転


2004年に北海道日本ハムファイターズは誕生。


それまでは東京ドームをホーム球場としていて、映画内でも何度か言われていましたが、人気がなく弱かった球団だったのです。


小学校の頃ファイターズの試合を東京ドームで見ていましたが、本当に空いてました・・・。


僕の会社の上司は空いていてから、「野球見ながら麻雀やった」とか言ってるくらいです。


その空き具合が好きで、ファイターズを好きになったと言っても過言ではありません(笑)


東京ドーム時代のファイターズが好きって言うと、当時も今もなんで!?って聞かれます。


ファイティーのぬいぐるみ
ヒーローの選手が投げたぬいぐるみをキャッチしたこともあります。


そんなチームが北海道に移転するわけですが、北海道の人にファイターズは殆ど知られていませんでした。


北海道でイベントを行った建山義紀氏が「名前なんていうの!?」って聞かれたそうですが、当時は小笠原選手(現在の中日2軍監督)くらいしか有名選手いませんでしたから。




新庄剛志がファイターズを変えた

新庄効果は今でも大きい

北海道移転後は様々なスター選手が在籍していますが、一番最初のスターはSHINJO選手でした。


ファイターズの北海道移転初期頃のエピソードなどには必ず「新庄」の名前が出て来ます。


これまでも様々な記事がありますが、当時の選手も球団フロントも「新庄さんがいたから」という言葉を何度も見かけました。


何年か前に栗山監督のトークイベントに参加した際も、同じような話を聞きました。


この映画のエンドロールでスペシャルサンクスは「ファイターズファン」と「新庄剛志」の1人の個人名になっていました。


球団としても新庄氏への感謝とリスペクトは今でも大きくあり続けているのでしょう。

ファンサービスの定着

ファイターズが北海道移転の年は球界再編の問題もありました。


そのころから「ファンサービス」という言葉がプロ野球でも使われるようになりました。


余談ですが、今では快くサインに応じてくれる選手も増えましたが、昔はサイン書きながら「お金取ろうかな」なんて言っている選手に出くわしたこともあります・・・。


ファンサービス改革の筆頭者も新庄氏と言えるでしょう。


常にファンに見られていることを意識して、被り物を被ったりファンサービスを徹底していました。


派手なパフォーマンスの話題が目立ちますが、僕が好きな話は稲葉篤紀氏が新庄氏が攻守交代の時にダッシュしていることを受け継いだ話です。


映画の中でも語られているので、詳しくはネタバレになるので控えますが、本当に見られているを意識しているのだなと思う印象的なエピソードです。


稲葉篤紀が坪井智哉に語った引き際の哲学 こだわり続けた“全力疾走” - スポーツナビ
こちらの記事でも少し触れられているのでよかったら。


現在のファイターズではお馴染みとなった選手の名前がついた「中田翔シート」みたいなのがあります。


このきっかけも「SHINJO SEAT」の影響があるのかなと思っています。


SHINJO SEAT
当時の座席についていたSHINJO SEATの座席カバーです。


今でも大事に保存しています。


ちなみに僕もご本人からボールをもらったことがあります(笑)




HOKKAIDO PRIDEはその先へ

2023年から北海道北広島市にファイターズの新球場がオープン予定です。


コンセプト画像も動画も見ると本当にワクワクします。


僕は道民ではないですが、「HOKKAIDO PRIDE~北海道の誇りを胸に~」というコンセプトがとても好きなんです。


コンセプトだけでなく球団も栗山監督も選手も北海道のために必死になっている姿にはいつも感動します。


これからも北海道と共にファイターズがありますように。

おわりに

僕はファイターズファンでありディズニーのファンであるので、この映画を見ていてファイターズも東京ディズニーランドも似ているなと思いました。


35年前にできた東京ディズニーランドは当時日本に根付いていませんでしたが、今では世界中のたくさんの人に愛されています。


15年前にできた北海道日本ハムファイターズは北海道に根付いて行くことを目指し、努力を重ねて来たと思います。


それが今少しずつ実り、新球場建設というところまで来ています。


ウォルト・ディズニーの有名な言葉で「テーマパークは永遠に完成しない」というのがあります。


ファイターズの新球場は「世界がまだ見ぬボールパーク」を目指しています。


稲葉氏も世界中の人が見にくる場所になってほしいと仰っていました。


まさに東京ディズニーランドのようになることを願っています。